北大の「クラークカレー」がフォトジェニックだった話
3月に入りましたが寒い日が続きます。早く春になりませんかねー。
そんな今回はですね、北海道大学で食べたフォトジェニックで美味しいカレーについて紹介します。
北大構内のおしゃれなレストラン
北海道大学の「ファカルティハウス エンレイソウ」という施設の中に、「レストラン・エルム」がございます。
「大学内でご飯を食べられる」といえば学食しか思いつかないのですが、こちらは札幌グランドホテルが運営しているレストラン。
サービスもいいし、中もきれいです。
今日のお目当てはコチラ。「クラークカレー」です。私はセットを頼みました。
他のメニューも美味しそう。次行くときは肉類も美味しそう。
フォトジェニックなカレーってこういうこと
お待ちかねのカレーはコチラ。
じゃじゃん!
具材はご飯の上に盛り付けられており、そこに自分でルーをかけるスタイルです。野菜がカラフルで何とも写真の撮りがいがある…
インスタ風に加工してみました。 あ、これ素敵。インスタ女子さんも北海道へ旅行する際はぜひ来てみてはいかがでしょう。何ともフォトジェニックですよ。
付け合わせも6種類。 自分で好きに乗せられます。私はこの手前3種類のお漬物が大好きで、ほぼ完食しました。
ルーをたっぷりかけます。トマト風味の酸味と、後から少し来るピリ辛が野菜の甘みを引き立てます。
野菜がゴロっと入ってる感じがスープカレーっぽくて、道産子的に親しみが持てます。大きい具材をガツガツ食べるカレー好きです。もちろん完食。
おわりに
北海道大学は観光スポットのわりに、あまり構内で食事っていうイメージないかもしれません。どうなんだろう。意外と人気なのかな。
学食も美味しいですが、こちらで優雅にカレーを食べてみるというのも素敵な思い出になるかなと思います。
一応、情報はコチラ。
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レストラン・エルム
■住所 :北区北11条西8丁目 北海道大学構内 エンレイソウ内
■電話 :011-726-7601
■営業時間:11:30~17:00
■定休日 :土・日・祝日
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それではまた次回!
未来で待っていてね~ミキモトのギフトラインを購入した話~
「あと3年したら似合うんじゃないかと思ってね、クローゼットで寝かせてるのよ」
10年前に購入したネイビーのトレンチコートに、未だ袖を通していないと知人が笑った。その理由を尋ねるとこう帰ってきたのだった。
3年後、彼女は還暦を迎える。
未来の自分なら似合うと思うから、その日のために用意しておく。私は、「モノ」に対してそんな風に考えたことはなかった。いつだって、今自分が欲しいもの、手に入れたいもののことばかり考えて生きてきた。
そんな自分を否定するつもりはないけれど、未来の自分のためにという考え方は、自分をとても大事にしているように見えて、素敵に、眩しく見えた。
いつの間にか大人が始まっていた
ミキモトのギフトブランド「ミキモトインターナショナル」が2017年2月末をもって終了するという知らせを聞いたのは、それから数日後のことだった。
ずっと、欲しい商品があった。
阿古屋貝をモチーフにした小さな手鏡とリップペンシル。真珠があしらわれたそれは、「上品」という言葉そのものを落とし込んだデザインで、ふんわりと温かい香水の香りまでも立ち上ってくるようだった。
「これが似合う大人になりたいな」
20代初めの私は、オンラインショップを時たま眺めながら、よくため息をついていた。
そして今、あの頃の想像していた自分の姿から随分と遠くまで来てしまい、販売終了の時が告げられた。
夢は終わった。私は大人になった。
オンラインショップの購入ボタンを押して、夫と娘が眠る寝床へと戻った。毎日上手くいかないことばかりで、SMAPのあの歌のように、「あの頃の未来に僕らは立っているのかなぁ」という気持ちでいっぱいだ。
私は何も、何の覚悟も準備もできないままこんなところまで来てしまった。
心渦巻くそのままに
数日後、小さな小包が届いた。
漆黒に浮かぶ箔押しのブランド名。いい黒だ。清濁もすべて飲み込む色。大人の色だ。
この色に救われた気がする。上手くいかないことも、そのすべてを飲み込んで生きているのが大人だ。優しいだけじゃいられない。
箱を開け、ため息が漏れる。敷き詰められた布も商品も、しっとり濡れたように艶めいている。
慈愛に満ちただけの女には使いこなすことは難しそうだ。憎しみも純真さも聡明さも優越感も情念も。自分の中に育ったあらゆる感情が、投影できるアイテム。
人生は一筋縄じゃ行かない。渦巻くことは正しい、と私の背中をそっと押してくれる。
やっぱり、買ってよかった。
未来で待っていてね
一通り眺めた後、大事に箱に戻す私を見て、娘が訝しげに尋ねた。
「なんで戻しちゃうの?すぐに使わないの?」
「これはね、未来の自分が使うために買ったんだよ」
「いつ?いつ使うの?」
「うーん、じゃあ10年後。私が40歳になる頃に使おうかな」
「10年後かあ」
娘は指を折りながら、10年後の彼女自身の姿を頭に思い浮かべているようだった。
「その頃にはきっとアルバイトもしてるだろうし…ねえねえ、私が居酒屋でアルバイトしていたら、ご飯食べに来てくれる?」
思わず笑ってしまった。
10年後、今はまだ甘えん坊のこの子は、きっともうこんな風にぴったりと私のそばには寄り添っていないだろう。反抗期と自立心の調味料で味付けされた未来が、彼女には待っているだろう。その頃にはもうこんな風に「ご飯食べに来てよ」なんて、言ってはくれないだろう。
「ねえ、約束ね。絶対。パパと祖父ちゃんも祖母ちゃんも。皆で来てよ」
そう。私は絶対に行くだろう。
娘に会いたくて何度もビールをお代わりする夫を横目に、私は化粧室に立つだろう。
「もう!忙しいんだからそんなに何回も呼ばないでよ!」と怒っている声を遠くに聞きながら、ポーチからこのミラーとリップを取り出すだろう。
相田みつをの廉価版のような張り紙だらけの化粧室で口紅を塗り直し、「悪くない未来だな」と微笑むだろう。
そんな夢みたいな未来が本当に来るんだろうか。
未来の自分へ贈り物をするのも悪くない。等身大の自分を愛するだけじゃ物足りないから、「これが似合う大人になりたい」という気持ちが、私を成長させてくれる。迷う自分の存在を肯定してくれる。この想いは、ギリギリの毎日を送る自分にとっても、希望の一筋。光そのものだ。
ただ一つだけ言えるのは、これは甘美な空想などではなく叶う可能性があるということだ。今の暮らしを紡いでいった先に待っている、現実であるということだ。
その現実が、狂おしくも、安らかなものでありますように。
そんなふうに、やりきれない毎日の中で、祈りを積み重ねている。
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うれしく、なつかしい日々
札幌はめっきり冬です、野火です。
「あなたにとっての”理想の暮らし”とは何ですか?」
雑誌をぱらぱらとめくっていて見出しに踊っていた問いかけ。
妙に気になって、料理をしている時も、通勤途中も、仕事中も、ぼんやりと考えてしまいました。
そして出たひとつの答えが、「うれしく、なつかしい日々をおくること」でした。
うれしく、なつかしい日々
「なつかしさ」は、私が生きていくうえで必要な要素で、自分の中で「この景色、この雰囲気がなつかしく思えるってことは、きっとこれは自分にとってすごく良いことなんだ」という、一種の判断基準にもなっています。
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい
吉野弘のこの詩、結婚式の祝辞でよく聞くのですが、いつも自動的に涙があふれてきます。
「生きていることのなつかしさ」、わかる、わかるよ…でも、こんな言葉で説明しにくい感覚を自分だけじゃなくて他の人と共有できたらもっと幸せだよね…なんて。
私は、子供の頃から世界に漠然とした郷愁を覚えていた。
この世界が 、時間的にも空間的にも永遠に循環しているという感覚に、ずっと支配され続けていた。
それは誰の夢だったのだろう。色のついた眩暈。夕方四時から始まる「ローハイド」の再放送。日本アルプスの残照。
それは、私の夢。子供の頃からずっと見続けていた、過去へと還る旅。
目を閉じれば、懐かしい記憶が蘇る。これも私の夢。
夕暮れの野原の真ん中を歩いていく記憶。オレンジ色の光の中を、私はいつまでも歩いていく。隣には誰かがいる。あれは、誰だっただろう?冬の晴天。木造家屋の二階から、庭に咲く白い梅の花を見下ろす記憶。
あの時も、隣に誰かがいた。あれは、別の人だったのだろうか?
いくつもの記憶。世界は循環する。歴史も、空間も。回り続ける世界の隙間に紛れ込んでいく。私もいつか、記憶の中の世界へ還っていく。
通勤の道の途中に、一人食べる夕飯の茶碗の中に、映画館から出た寒い帰り道の地下鉄の入り口に、ふと忘れていた懐かしい人影が見えるような気がする。
どうすればいいのだろう。私はそこに何を見つければいいのだろう。
暖かい闇の中で、私は目を閉じて考える。ー恩田陸「三月は深き紅の淵を」
恩田陸のこの一節もドンピシャです。私にとっての良い人生とは、なつかしさの連続であることです。
それは、幼い頃に家族と過ごした記憶からくるものか、それとも私が生まれる前か、個人に依らず人類共通のノスタルジーなのか。
いずれにせよ、自分の感情が強く動き、揺さぶられるその瞬間。涙があふれてしまうのは、すべて郷愁のせい。なつかしくて、うれしい、というその気持ちだということに間違いはありません。自分の命が終わるときも「あーこの感じ、なつかしいなぁ」と思って死ねたら最高です。
今の暮らし、これからの暮らし
結婚して、自分の心持に何か変化が起きるかなと思っていたのですが、相変わらず自信がない日々は続いています。
ただ、辛いときに支えてくれる人がいる頼もしさ、この人たちのためにももう一度起き上がらなければと思わせてくれる有難さ、そういうものを噛みしめる場面を迎えるたびに、少しずつ成長しているのかなと考えています。
実は、結婚すると同時に、一人の子の母親になりました。可愛い小学生です。
私は相変わらずこんなんだし、私に母親になる資格などあるのかと、今も迷い続けています。
でも、夫に言われました。
「君が、好きなことに夢中になっていたり、誰かを心から応援していたり、仕事に趣味に頑張っている姿を、ずっとこの子に見せ続けてあげて。そうしたら、少しは生きることや大人になることが、楽しくて楽しみになるでしょ」
「それから、家族を持っても自分のやりたいことは我慢しないで。君が夢を持って歩いている姿が、それだけで手本になるんだから」
うれしかった。ありがとう、その通りだねと笑った。
この子のためにも、少しでも、自分の心の灯を吹き消そうとする突風を護る壁を築き、向かい打つ風を吹かせながら生きたいと思っています。
そんな日々の中でも、なつかしさを感じる瞬間はあります。
宿題が終わらなくて焦って取り組んでいる午後九時の子の背中。
冬の朝、寒い寒いと腕をこすりながらストーブに火を点ける夫の横顔。
そんな二人と手をつなぎながら歩く札幌の街並み。
日々の一つ一つが、なつかしくて、うれしくて、切なくて。
生きることは、こんなにもなつかしくて愛おしいものなんだと。
家族との暮らしは楽しいことばかりじゃないけれど、迷ったときや苦しいときは、よりなつかしい方へ、切ない方へ舵を切れば、その先に待つ未来はきっとうれしいはずだと、信じてやっていくしかないような気がしています。
今、前職の時には想像もできなかった未来の中に生きていて。
仕事でもチャンスをもらっているし、ここが踏ん張り時だと思っている。
ちゃんと考えて、戦略を立てて、行きたいところに行ける強い足を持った自分になりたいと、心から思っている。
自分のことしか考えていなくてごめん。家族のためにと思って生きているけど、色々空回りしちゃってごめん。
でも後悔はさせないから。
明日の夕飯何しようかね?
行きたがっていた空手教室、そろそろ決めなきゃね。
今日の宿題は終わった?
生まれる前も、昨日も、今日も、明日も、すべてが終わった後も。
これからも、どうかよろしくね。
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wordpressに挑戦し始めたよ
【岐阜・郡上八幡旅行記/その2】郡上の山裾で、また素敵な景色に出会う
今更感満載ですが、ちゃんと書き切りますよ!郡上八幡旅日記!これで最後です。
その1はこちらから。
nononakahinonaka.hatenablog.com
2日目の朝ごはんを食べた後、レンタルサイクルを借りて街を散策してみました。
市街地を流れる吉田川など、郡上八幡は非常に水が豊富で美しいです。これだけ水の気配が当たり前にある生活って、どんな暮らしなんだろうととても興味があります。
こういう住宅の裏に水辺がある風景にとても弱い。
せっかくなので、観光名所であり史跡である宗祠水に寄ってみました。
名水100選の第1号に指定されていて、水場の使い方もきちんと説明されていました。整備が行き届いています。
大乗寺との出会い
そのあとは、街中をプラプラ。
いかにも水をたっぷり抱えた感じがする立派な森だなー素敵だなーと自転車を漕いでいると…
ん、何かいい雰囲気のお寺発見、寄ってみることに。
歴史がありそうな木造の鐘楼門。立派です。
案内板を見てみると、こちらは大乗寺というお寺なのだそう。
鐘楼門は郡上市の指定重要文化財に登録されていました。どうりであんなに立派でたおやかな姿だと思いました。あの門に惹かれてここまで来たようなものです。
清水山大乗寺は慶長8年(1608)、日了上人により創建されました。日了上人は元々は戦国時代の大名として名を馳せた越前朝倉家の一族で清水三右衛門尉と称していましたが天正元年(1573)織田信長の越前侵攻により朝倉家宗家が滅亡すると出家して妙覚寺(京都府京都市上京区:日蓮宗の本山)に入り日了と改めました。その後日了は全国を巡錫し慶長8年(1608)に小駄良中桐村(現在の岐阜県郡上郡川合村)に一宇(法華堂)を設け、跡を継いだ日能上人(妙覚寺日奥上人の高弟)が妙覚寺から本尊(十界曼荼羅)を賜り大乗寺を開山しました。
道産子なので水曜どうでしょうを見まくり、「試験に出るどうでしょう」が好きだったので、「越前朝倉家」「織田信長」「滅亡」のキーワードで、ぐっと胸にくるものがありました。
ドキドキしながら鐘楼門をくぐり、階段を上ると…
わ…!すごい…!!
たっぷりと水を蓄えた立派な木々が迫ってきます。澄んだ空気、透き通るような葉の色、霧の向こうに隠れる幹の先…
木々の向こうに仏を見出すことができ、強く問いかけられる風景。静かだけど強い寺院です。
観光シーズンから外れていたにしても、境内に人が全くおらず貸切状態でした。
なんかこう、素敵な景色に出会うときはいつも一人なんだよなぁ。以前伊勢に行った時もそうでした。
nononakahinonaka.hatenablog.com
一人で空間と向き合う瞬間、本当にかけがえのないものです。
安産の祈願もしてきました。今のところその予定はないのですがね。
おわりに
郡上八幡旅行記はこれにていったん終了です。
本当はいくつか買い物もしてきたのですが、ほぼ食べ物だったのでもう手元にないんですよね…写真を撮る前に食べつくしちゃって…
郡上おどりから外れたシーズンに行ってもとても面白い土地でした。時間がゆっくり流れてて、豊かな水に愛された場所。私はとても好きです。
ご興味がありましたら、皆さんもぜひ行ってみてくださいね。
ではまた次回!
新居から、悲しみよこんにちは
またまたお久しぶりです、野火です…!
8月中旬に新居に引っ越してから一ヶ月以上が過ぎ、ようやくインターネットが開通しました。
新生活にも少しずつ慣れ始めたところです。バタバタしてしまって入籍等はまだなのですが、なんとか秋には決着つけたいところ。
今は家計簿のつけ方から勉強中です。一人暮らしと家計の感覚も全然違いますし、少し長い目で新しい家族との暮らしを考え始めています。
ただ、やっぱり一人で過ごす時間が減ったり、目まぐるしく状況が変化したので、少々疲れも見え始めました。
もう自分だけの人生じゃないのですが、自分のやりたいことは続けたい。けど、ちょっと叶え方や理想を見直さなきゃいけない、でもその時間がうまく取れない…みたいな。
そういう時はお願いして一人の時間をもらったり、夜寝る前とかにブログの記事書いたり、日記書いたりして自分の心を整理しています。
私は中途半端に真面目で几帳面なところがあるので、どうにかこう自分を追い詰めすぎずに調整していきたいところです。
なんかもおおお何回も行っておりますが、まずは定期更新!したいところ!
サブブログを誤って消してしまったこともあったり、Wordpressの勉強をちょっと本当にやらねばならぬ感じなので、別に本名名義で練習も兼ねて何らかの別ブログを立ち上げることになりそう。
なので、こちらはよりパーソナルな内容に近づいていくことになりそうです。あんまりお買い物日記的なのは載せないかもです。旅についての話は載せたいけど。
優雅に軽やかに迷走中ですが、しなやかに生きていけたらいいなと思います。
お手柔らかに引き続き何卒よろしくお願いいたします!
【岐阜・郡上八幡旅行記/その1】地ビールと美しいお宿
とてもショックなことが…昨夜泥酔してブログをいじっていたら、誤ってサブブログを削除してしまっていたのです。がびーん。さっき気づいて激しくショックを受けています。
読者登録をしてくださった方、スターをくださった方、本当に申し訳ないです。すみません。
幸運なことに、最新記事だけは自身のPCのエディタに残していましたので、こちらのメインブログに転載します。サブブログを復活させるかどうかはしばし検討します…
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先日、所用で岐阜に行く機会があったので、以前から行きたかった郡上八幡へ足を運んでみました。
旅のきっかけ
郡上八幡は以前このCMを見てから興味を持っていました。
こういう、街中のどこを歩いていても水の気配がある土地に弱くて、同じ理由で金沢も大好きです。
そして私の大好きな作家、恩田陸が郡上八幡を舞台にしたエッセイの一片を書いていたのもあり、現地を訪れてみたくなったのです。
あとは岐阜といえばnikoさんのブログ! この記事も参考にさせていただきました。
1日目は地ビールを楽しむ
美濃太田駅から長良川鉄道に乗って、郡上八幡駅へ。ローカル線に1時間以上乗って向かう事自体がずいぶん久しぶりだったので、この移動だけで結構体力を使ってしまった。
着いて宿にチェックインしてから夕食へ。郡上おどりのシーズンではなかったので観光客もほとんどおらず、しかも日曜日の夜。街は私が独り占めしまいそうなほど静かでした。
まずは山芋のおうどんで腹ごしらえ。老夫婦が切り盛りしているのか、のんびりした雰囲気。テレビに流れる時代劇を見ながらうどんをすすりました。
そのまま宿に戻るのはもったいない気分だったので少し寄り道。宿の近くにクラフトビールの醸造所兼バーがあると聞いたので行ってみました。
民家を改装したような店内。席数は以外と多いのですが、私の貸切状態。
うどんを食べた後でしたが、これくらいは余裕で食べました。郷土料理の鶏ちゃんと牡蠣のアヒージョ。店主一人で対応してくださいましたが、ご飯も美味しくビールのおすすめもじっくり選んでくださいました。
ここはおすすめです。また再訪したい。
何度でも泊まりたくなるお宿
再訪したいと言えば、今回宿泊したお宿もとても私好みでした。創業は明治5年。老舗の和風旅館「中嶋屋」です。
郡上八幡 中嶋屋旅館 奥美濃・老舗和風旅館の風情を一泊朝食で。
このお宿の何よりの目玉は、猫女将のベカちゃん。
私が館内で出会った時はカメラを持ってなくて写真を撮れなかったのですが、とても大人しくて可愛い子です。チェックインカウンターに佇んでいたり、ロビーでうたた寝したり、自由です。
館内はモダンにリフォームされていて、若い人好みの内装になっています。中庭が見える小さなロビー。ここでのんびり本を読むのも楽しい。
これは部屋についている洗面台。普通に家に欲しいデザインです。おっしゃれ〜。お風呂も部屋も水周りも清潔で、気持ちのいいお宿。朝食付きでお値段は1泊7,500円。お手頃です。
清潔なお布団でおやすみなさい。
翌朝、部屋の窓のカーテンを開けると中庭が見えます。霧雨も鳥の鳴き声も、水のせせらぎも美しい朝。
朝食はお部屋でいただけます。川魚のシーズンではなかったので、山のものが中心。明宝ハムや山菜の和え物、お漬物、湯豆腐など、胃に優しい和食です。自宅で作る和食もこれくらい滋味深く味わいのあるシンプルなものがいいな。器も全てこだわりを感じるものぞろいでした。
旅日記は全3回くらいまで続きます。きっと。次回以降は街を散策した時のお話を書こうかなと。興味がありましたら見ていってください。
ではまた次回!